【2005.夏】
酉年の2005年、あやかっての飛躍に期待と希望を持ってスタートした今年も、半年が過ぎました。
昨年は、自然災害の多い年でした。 災害に対応する言葉として、「自助」「共助」「公助」という言い方があります。まずは、自らが自らを守る。次に、近隣の人々を含めボランティアまで、まわりの人々の助けをいただき生活する。そして、国や県をはじめ、市町村に至るまで、行政にしかできない様々な支援をいただく。これらが、連携しあって、はじめて災害を乗り切れると言うことだと思います。
阪神淡路大震災から、10年が経過しましたが、当時、建設産業をはじめ復興特需があり、関西の景気の下支えになったということは事実です。しかしながら、昨年の新潟中越地震の際にも「やはり公共事業は必要だ」という意見が出てきませんでした。これは、国家的な財政難ということもあるでしょうが、マスコミによる「公共事業は、不必要」という流れによるところも大きいと思います。
かつての「日本列島改造論」等が、全て正しいとは思いませんが、必要な基盤整備は必要であり、必要な公共施設は、まだまだあると思います。建設産業界の自助努力も必要ですが、「公共事業」を「安全安心創造事業」と読み変えて、地域とのコラボレーションとともに、建設産業を愛していきたいと思います。
【2005.秋】
「地方の時代」といわれて久しいのですが、地方はいよいよ大改革時代突入し、来年2006年3月31日には、市町村の数が1822となります。当社が、所在している古川市も、6町[鳴子・岩出山・三本木・松山・鹿島台・田尻]と合併し、「大崎市」(人口約14万人)となります。
少子高齢化・人口減少などに加えて、自治体の財政事情によるところも大きいと思いますが、活力ある地域を創り上げて行くために、地域の産業は、有無を言わさずそれに対応していかなければなりません。地域間競争は、すでに始まっていて、合併のメリットを生かし、いかに「住みたいまち」をつくるかが、課題と思います。新市の総合計画策定は、来年度でしょうが、地元建設産業も、行政の諸問題に積極的に関わり、共にまちづくりに取り組んで行くべきでしょう。
建設産業に携わっている方は、就労人口の約1割と言われています。その方々は、建設産業の中の様々なセクションで働いているわけですが、「やっぱり私は、ものづくりが好きなんだっていうことを伝えたい。自分を表現できる仕事に、磨きをかけたい。」と思っている人が多いのではないかと考えています。それは、建設産業が、地域の人々の「幸せ」の基盤整備をする仕事だからだと思います。